敬老の日は、
日本にしか存在しない。

 

当然、意味や由来にも、
日本以外は説明に出てこない。

 

今回のリサーチでは、
敬老の日の意味と由来をまとめた。

 

日本限定で存在する敬老の日をお勉強してみよう(ノ´▽`)ノ

スポンサードリンク

敬老の日はいつ?

敬老の日は、
毎年9月の第3月曜日

 

具体的な日付けはというと……

 

敬老の日(9月)
  • 2015→21日
  • 2016→19日
  • 2017→18日
  • 2018→24日

 

敬老の日の主役は?

dependent-100344_640

WHO(世界保健機関)では、
高齢者を65歳以上としている。

 

さらに日本の老人福祉法でも、、
高齢者を65歳以上としている。

 

ご存じのとおり敬老の日は、
高齢者のためにある。

 

だから65歳以上の方を、
敬老の日の主役だと考えられる。

 

敬老の日の意味と目的

これまで、
社会のために貢献してきた高齢者の方を、
敬い長寿を祝う日という意味が敬老の日にはある。

 

その考えの裏には、
高齢者福祉に対しての関心を高めて、
高齢者の生活が向上するように、
若者を促すという目的がある。

 

敬老の日の由来は?

敬老の日は、
毎年9月の第3月曜日になるまでは、
毎年9月15日だった。man-272679_640

 

敬老の日の由来には、
3つの由来が有名。

 

 

敬老の日の由来1 聖徳太子説

593年、大阪に四天王寺を健立。

 

このとき聖徳太子は、
四箇院の制をを実践した。

 

四箇院の制とは?
  • 敬田院
     ○読み方:けいでんいん
     ○寺院そのもの
      →仏法の修行場
  • 非田院
     ○読み方:ひでんいん
     ○老人ホームと孤児院をあわせたような場所
      →放置された子どもや身寄りの直お年寄りを収容する
  • 施薬院
     ○読み方:せやくいん
     ○薬局のような場所
      →薬草を植えたり調合したり患者に施す
  • 療病院
     ○読み方:りょうびょういん
     ○病院のような場所
      →身寄りがない病人を寄宿させて治療する

 

四箇院の制で、
もっとも敬老の日に関係するのが、
非田院(ひでんいん)。

 

非田院の非田というのは、
慈悲の心で貧苦病苦の人を助ければ、
福を生んで田になるというような意味がある。

 

この非田院は、
9月15日に健立されたとされている。

 

このことから、
9月15日を敬老の日にしたという説があるんだ。

 

敬老の日の由来2 養老の滝説

a1600_000136

養老の滝説は、
かなり体に悪そうな話。

 

元正天皇が、
717年に年号を養老とした。

 

このとき高齢者に贈り物をしたことから、
敬老の日の由来とされる説。

 

あれ?
敬老の日と関係ないって感じられたかもしれない。

 

でも、肝心なのは、
天皇が養老と年号を変えた理由とされる物語。

 

では、どんなかというと……。

 

美濃国に、
酒好きの年老いた父親と息子が住んでいた。

 

木こりを仕事にしている息子は、
収入がわずかで、
父にお酒を満足するまで飲ませられないことを
残念に思っていた。

axe-474163_640

 

そんなある日、山で薪を撮ろうとして、
苔に足を滑らせ息子が谷間に落ちてしまう。

 

だが、谷間に落ちた息子は無事で、
周囲を見回しているとお酒の臭いが鼻をくすぐった。

 

どこに行けば帰れるか分からない息子は、
とりあえず酒の臭いがする場所に向かっていった。

 

しばらく歩き、
酒の臭いが濃い場所に出ると、
岩から透き通るようなが流れていた。

 

酒の臭いがするのに、酒は見当たらない。

 

そこで、もしやと思い岩から流れるを舐めると、

「甘い……」

 

息子が舐めた水は、驚くことに酒だった。

 

「これで、父さんに酒を飲ませてやれる!」

 

と、喜んだ息子は、
水を入れるために持ち歩いていた瓢箪(ひょうたん)に、
酒を満たすと自宅がある方向に向かっていった。

 

a1380_000868

そして無事に家に帰ると、
早速、父にを飲ませると……

 

「これは、上等な酒じゃないか」

 

と、大喜びしたという。

 

その後、が流れる岩の下まで行くのが日課となった息子。

 

こうして毎日、満足するまで、
父親に酒を飲ませてやれるようになった。

 

と、いう体に悪そうなのが養老の滝説。

スポンサードリンク

どこが敬老の日と関係あるんだ?

どこが敬老の日と関係あるんだ?
と、思われたかもしれない。

 

実は話には続きがあって、
この話が元生天皇に伝わるんだ。

 

turtle-467264_640

そして霊亀3年9月の半ばに、
その場所を見るために出立する。

 

お酒の出る場所は、
養老の滝という場所なんだけど、
ここに着いたのが9月20日

 

養老の滝までの距離を考えると、
9月15日辺りに出発したのでは?
と、考えられている。

 

その年の11月には、
年号を霊亀から養老へと変更した。

 

後に、この酒を見つけた息子に、
美濃守という役職を与えた。

 

敬老の日の由来3

1947年に、
兵庫県の多可郡野間谷村で、
としよりの日が提唱された。

 

このとしよりの日が、
敬老の日の直接的な由来という説。

 

敬老の日の変化

敬老の日は、
紆余曲折を経て、
毎年9月の第3月曜日になった。

 

その歴史を振り返ってみよう。

 

敬老の日が毎年9月の第3月曜日になるまで
  • 1947年
     ○兵庫県の多可郡野間谷村で、としよりの日が提唱される
     ○老人を大切にして、としよりの力を借りた村作りをしようという意図で
       →現在の多可町八千代区
       →提唱者:村長の門脇政夫氏、助役の山本明氏
     ○野間谷村では9月15日に敬老会が開かれるようになる
     ○9月は1年の間で気候が良い
      →更に15日は農閑期の中ごろにあたるから選ばれた?
  • 1950年
     ○兵庫県全体に敬老会が広がる
     ○県民運動として9月15日をとしよりの日にしようという動きが生まれる
  • 1951年
     ○上記、兵庫県の県民運動が全国に広がる
     ○9月15日を中央社会福祉審議会は、としよりの日にした
     ○9月15日~21日までを運動を推進する期間ともする
     ○全国で、”としより”という表現への批判が出始める
  • 1963年
     ○としよりの日を老人の日へと改称する
  • 1964年
     ○9月15日を正式に老人の日と呼ぶようになる
  • 1965年
     ○法律で長寿を祝う日として定められる
  • 2003年
     ○ハッピーマンデー制度の実施に巻き込まれる
     ○敬老の日は9月の第3月曜日に移行させられる。
     ○9月15日~1週間を老人週間とした

 

敬老会とは?

a1370_000441

ご高齢者をお祝いする会。

 

に文化センターや多目的センター、
体育館で開かれる。

 

市長や来賓の方から言葉があったり、
演芸ショーが開かれる。

 

敬老の日と言えばチャンチャンコ

敬老の日には、
チャンチャンコを着る風習がある。

 

長寿のお祝いには、
ある習わしがある。

 

それは数え年で61歳になる還暦を、
最初にお祝いするというもの。

 

数え年で61歳ということは、
満60歳ということ。

 

だから生まれ年の干支が一巡して、
赤ちゃんに戻るという意味があるとされる。

 

そこで赤いチャンチャンコと、
頭巾を贈る風習が生まれた。

 

まとめ

今回のリサーチでは、
敬老の日に関する歴史と由来をまとめた。

 

敬老の日は、
なぜ9月15日だったのかを調べると、
聖徳太子、養老に関、としよりの日が出てくる。

 

由縁としては、
としよりの日が一番有力。

 

でも、色々な考えが混ざり、
敬老の日が考えられた可能性もあるから、
由縁を一つにしぼるというのは難しいかもしれない(´д`lll)

 

スポンサードリンク


あわせてお読み下さい