初節句で、
男の子に贈る物の一つにがある。

初節句

 

この兜は、
新品を購入して贈るのがほとんど。

 

でも父親の兜なんかを、
お古として子供に贈ることも有る。

 

これって、
縁起的にどうなのだろう?

 

今回は、
初節句に男の子に贈る兜について
リサーチをしてみたよ。

 

少し気になる初節句の縁起物に関する情報さ☆-( ^-゚)v

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お古の兜を贈る意味

親の兜を初節句に子供に贈る。

 

この事を考える場合に必要な、
事前知識として、
いくつか知っておきたいことがある。

 

まず知っておきたいのが、
初節句に贈る兜の意味について。

 

初節句に贈る兜が持つ意味

兜

初節句に男の子へと贈る兜は、
元々は鎧+兜という形で贈っていた。

 

戦で身を守る役目を担った鎧と兜。

 

これらを初節句の男の子に贈るのには、
災いから身を守るという意味がある。

 

また、そこから少し発展させて、
男の子が困難に打ち勝って逞しく成長するように
という願いを込める場合もある。

 

最近では鎧まで贈ることは少なくなり、
兜だけの場合も多いけど、
この意味に変化はないよ。

 

初節句にお古の兜を贈る意味

初節句の男の子に、
お古の兜を贈るということは、
前の持ち主に降りかかった厄を受けた、
兜を贈るという意味になる。

 

このため、
基本的にお下がりはダメだと言われている。

 

もう少しお古の兜を受け取る意味について詳しく

お古

お古の兜を受け取る。

 

このことは、
前の持ち主に病気やケガ、
その他の不幸があった場合は、
厄を受け取ることになりかねないから、
避けた方が良いとされている。

 

仮に前の持ち主が、
怪我ひとつなく不幸もなく育ったという場合、
この場合も兜は厄を受け止めたと考えられる。

 

だから基本的に、
お古を受け取るのは避けた方が良い。

 

最近はお古の兜を受け取る男の子も多い

縁起の面から考えると、
お古の兜を受け取るのは避けたい。

 

でもお古の兜を、
縁起を考えない場合は違う。

 

最近ではお古の兜を、
アンティークとして見る人も、
少数ながらいる。

 

この場合は、
良い物を子供が受け継ぐという考えで、
お古の兜を渡す場合が多い

 

個人的な結論

初節句の男の子に、
お古の兜を渡しても良いのか?

 

これはを縁起物として考えるか、
縁起の関係ないただの物として考えるかで、
大きく答えが違ってくる。

 

個人的には、
縁起物を気にする方だから、
私であれば贈らないし受け取らないけど──。

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成人後の兜について

初節句に贈った兜や五月人形は、
成人するとお寺で供養してもらう地域もある。

 

でも多くの家庭では、
成人後も大切に保管している。

 

だから親の兜と子供の兜を、
一緒に飾るという家庭も多いよ。

 

兜を飾る期間

男の子

初節句に贈る兜は、
五月人形から派生した物。

 

だから、
兜を飾る期間というのは、
五月人形と同じ

 

春分の日(3月20日)前後~
5月5日以降まで。

 

でも実際の所は、
いつまでに片付けないといけないのか、
決まりというのは存在しない

 

だから極端な話、
一年中飾っておいても問題はない。

 

初節句に男の子へと贈る兜の歴史

初節句に男の子へと贈る兜。

 

その歴史は、
どんな物なのかを軽く知っておこう。

 

そもそも端午の節句とは?

端午の節句

子供が生まれて、
初めて迎える端午の節句を初節句と呼ぶ。

 

端午という言葉の意味は、
五月の初めの午(うま)の日という意味。

 

でも歴史が流れるにつれて、
5月5日のみを指す言葉に固定された

 

昔の端午の節句は?

奈良時代や平安時代の端午の節句は、
災厄を避ける行事を行う大事な日だった。

 

昔の宮廷では?

端午の節句になると宮廷では、
軒に菖蒲やよもぎを挿したり、
臣下の人々が菖蒲を冠に飾ったりした。

 

また菖蒲の葉で作った薬玉(くすだま)を、
柱に下げたりもしたとされている。

 

イベント的な事としては、
悪鬼を退治するという意味を込めて、
騎射(うまゆみ)や競馬(くらべうま)などが、
行われていたともされている。

 

昔の民間では?

民間では、
軒に菖蒲を挿したり、
子供が小弓を引いたりしていた。

 

またイベントとしては、
印地(いんじ)と呼ばれる石合戦を、
盛んに行っていたとされている。

 

鎌倉時代の端午の節句は?

初節句

鎌倉時代に入ると、
宮廷の端午の節句の行事は、
廃れていく。

 

でも武家の間では、
菖蒲を尚武と解するようになり、
端午の節句の日を、
大切にする文化が生じる。

 

この頃になると、
男の子に兜や太刀を贈るようになる。

 

民間でも、
菖蒲に関する風習が盛んになり始める。

 

菖蒲に関する風習というのは、
菖蒲湯、菖蒲酒、菖蒲枕などのこと。

 

江戸時代の端午の節句

江戸時代に入ると、
武家社会に突入する。

 

幕府は、
端午の節句を重要な式日として定めた。

 

そんな事もあって端午の節句を迎えると、
大名や旗本が染帷子(そめかたびら)の式服で、
江戸城に出仕するようになった。

 

また、
将軍に世継ぎが生まれた場合、
城中にのぼりや作り物の武具を立てて、
盛大に祝うようにもなった。

 

このお祝いの仕方を真似て、
民間でも初節句になると、
厚紙で作った兜などを飾るようになった。

 

この頃に、
兜飾りを端午の節句に用意する風習の、
基盤が出来てきたと言える。

 

明治時代になると端午の節句の危機が!

お古

明治時代になると、
新政府が端午の節句の行事を、
廃止してしまう。

 

このため、
端午の節句は一時的に衰えた

 

でも、
端午の節句の風習は、
民間に深く根付いていたため、
現在では復活している。

 

終わりに

今回は、
初節句で男の子に兜を贈るとき、
お古でも良いのかについてリサーチをした。

 

この答えは、
縁起を期待するかどうかによって、
違ってくるという物。

 

最近では兜を、
アンティークとして見る人もいるから、
色々と価値観の幅が広がっている。

 

だから、
あなたの感性を大切にすれば、
いいんじゃないかなーって思うよ☆-( ^-゚)v

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