表現の不自由展とは|潰れた最大の問題点はドコにあった?

表現の不自由展が潰れた。

 

「税金ではなく私財でやれよ!」

 

これが表現の不自由展が潰れた事への感想。

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税金は私財とは違う

ときおり政治家のお金の使い方が問題視される。

 

例えば何年か前に、税金を使って大量にマンガ雑誌を買っていたのがバレて説明をしろと言われた方がいる。

 

当然だけど、この政治家が私財でマンガ雑誌を買っていたのなら問題にはならなかったハズ。

 

このように税金と私財は違う。

 

税金を使うのなら、使い道と公共性があることの説明を行える必要となる。

 

昭和天皇の写真を焼いたり、慰安婦像(歴史の捏造&政治的プロパガンダ色が強い)の展示。

 

これらに公共性があるのだろうか?

矛盾している気もする

開催理由を確認すると、表現の不自由展は権力による検閲への警告ともいえるイベントだと思う。

 

そんなイベントを、国という権力機構の金(税金)でやるのは、おかしいと感じるのだが。

表現の不自由展とは?

表現の不自由展が開幕する約4か月前。

 

津田氏は哲学者の東浩紀氏と「ニコニコ生放送」に出演。

 

「あいちトリエンナーレの裏側を語るというテーマでトークをしている。

 

この中で、表現の不自由展のコンセプトに情という言葉が深く関わっていると説明していた。

  • 「感覚によっておこる心の動き(→感情、情動)」
  • 「本当のこと・本当の姿(→実情、情報)」
  • 「人情・思いやり(→なさけ)」

さらに──。

  「公立美術館とかで作家が自由に政治的な作品や、炎上しそうなモチーフをテーマにしてやると撤去されたりするわけですよ。そういうものがすごく増えていて、撤去されたものを展示している展覧会だったんですけど、2015年の後にもたくさんあるので、その経緯とともに新しく現物を展示する。公立美術館で撤去されたものを、『表現の不自由展』という展覧会を持ってくる体にして全部展示してやろうという企画です」

 その上で「おそらくみんな全然気づいてないけど、これが一番ヤバい企画なんですよ。おそらく政治的には」と話している。

表現の不自由展のコンセプトで私が感じたのは

公立美術館でやったら当たり前だろ! というのが個人の感想。

 

やはり公立美術館は、税金を使って運営されている。

 

税金が使われる以上、公共性があることを証明しなければならない。

 

むしろ公共性があることを証明できないのに税金を投入すれば、それは権力の横暴であるとすら言える。

 

だから公立美術館は、普通の美術展とはチョット性質が違う事は理解しなければならない。

検閲うんぬん言っているけど

表現の不自由展が打ち切られて検閲うんぬん言っているが、ちょっとおかしくない?というのが個人的な感想。

 

もちろん脅迫的なメッセージを送るのは論外だけど。

 

表現の不自由展は、公共性を証明しなければならない税金を使ったイベント。

 

事実に基づいた情報を基に、かつ政治的プロパガンダや個人への誹謗中傷とは関係の無いイベントを、税金ではなく個人や寄付金で行った。

 

この状態であれば、国なんかの権力機構により潰されたのなら検閲うんぬんを言っても良いと思う。

自称アートではないか?

昔から、芸術には政治的メッセージが込められたものも多くあった。

 

だが現代美術には、政治性や主張を取り除くと美術品としての価値がないものも多い。

 

こういった物は、ただ民衆を扇動するだけの道具になり下がっており、美術品ではなく政治的プロパガンダの道具に過ぎないとも言える。

 

表現の不自由展では、そんな自称アートが多かったという印象がある。

終わりに

税金を使うのなら、公共性を説明しろよ!

 

それが表現の不自由展に対する感想。

 

またネット上には、「表現の不自由展は、批判をされて潰れるまでが予定されていたのでは?」というような推測も出ている。

 

真実はどうかわからないけど、芸術の世界も面倒くさそうだ(´д`lll) 

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